feel
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
目の前にいたはずの大事な人がいなくなる。。。
考えたくはないけれど、現実、たくさんあること。

風見しんごの娘さんが亡くなったことは連日の放送で知っていて、
いろんな人がいろんなことを感じたり思ったりしたんだろうな。
まだ、おじちゃんおばあちゃんという、いわゆる順番の「死」にしか
直面していない人もいるし、
もっとも大事だった人を失ってしまった人もいるかもしれない。

私は、初めて到底順番はまだまだのはずだった
大事な人が事故で亡くなってしまった時、
遺体を引き取りに行く電車の中で、
たくさんの人が電車に乗り降りして、
シートに座って新聞を読む人、うたたねする人、おしゃべりする人
そんな人たちを見ながら、いつもどおりに流れる風景や
人の流れ、時間が不思議でたまらなかった。

しばらく、そんな人たちを眺めていて、ふと、気がついた。

時間が止まってしまったような気がするのは、自分だけだ。
人が死のうが、狂おうが、時間は流れていく、自分とは無関係に。
このまま自分を失っていくんだろうか。

悲しいとか、つらいとか、そんなことよりも、
壊れてしまうのかな?自分・・・と、何も考えられなかった。
電話で、些細なことで喧嘩をしてから間もなくのことだった。
仲直りに、野球の観戦でも一緒に行かない?って誘おうって
そう思って電話したのに、繋がらなくて話せずに終わった日の
夜のことだった。謝りたかった。

どうやって今に至れるように立ち直ったのか、よく覚えていない。

この前の年に、きっと今も昔も一番の親友と呼べる人も
事件で失っていて、この時も、
何が起こってしまったのか理解できなかった。
本人と会いたいなと思って、連絡を取っても、タイミングが合わなくて
会えずにいた時だった。
理解できないままきっと、今まで来ている。

そして、おととしの11月に、また、大事な友人を病気で失った。
後悔したくなかった。
もし、もう一度会話できるなら、いろんな事を話したかった。
だから、時間ができれば通ったりしたけど。。。


今、目の前にいた人、電話で会話した人が、
次の瞬間、必ず存在してくれるとは限らないから、
できる限り、後悔を残した会い方や、会話はしないように
気をつけているけれど、うまくいかない。

沢田知可子の「会いたい」や大塚愛の「プラネタリウム」みたいに
話をしたくても、会いたくても、手のぬくもりも感じることができない
遺された人もだけれど、逝った人も思いはたくさん残る。

だから、ちょっとだけでも、残すものが少なくて済むように、
人と接していきたいなって思う。

そして、自分がそういう人を増やさないために、
うん運転も十分気をつけようって思う。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://fuuka1218.blog17.fc2.com/tb.php/272-9dad8bd2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。