feel
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この前の飲み会のカラオケで、聞いた歌

へんなの~ っていう声が出てた。
私もはじめて聞いた。。。遅れてんだな、流行ってるんだって、このムード歌謡

ジェロにもビックリしたけど、これにも違う意味でビックリ!

o(´^`)o ウー 音楽聴いても、なんか今日はイライラする
カルシウム足りないのかな
やっぱし、好きな曲じゃないとだめなんだな
我慢だ我慢 じっと我慢していろ

いちいち腹立てても面白くない毎日になるからな
ああ~やだやだ

イライラしてる自分もヤダ、今週あと3日もあるのに!!





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今日は常駐終了後に会議と歓迎会。

8時から歓迎会だけど、道混んでるし、遅れて開始。


二次会が11時から始まったんだけど、アタシ電車。
地下鉄まで走った!
終電30分前で走った!

でも、地下鉄来ない


地下鉄、降りて終電まで七分。

また走った!走った!


一分足りなくて間に合わなかった(=_=;)


やせたかなあ~


歩いても帰れた青森が恋しい(T_T)


タクシー代高いから、帰る方法考えなくちゃ☆
息子がつけたテレビで『あいのり』やってた。
すごーく久しぶりなので、話の中身はわからないんだけど、
ゾマホンが出ていて、ちょっと言葉に感動。

『ゾマホン
 「ちょっとご覧になってください こういう汚ない水をまだ飲んでます」

 濁った水しかない村。
 その水を飲むしかない大勢の子供達が感染症などで命を落としている。
 ゾマホンが故郷の為に作った井戸は、ポンプ式で地下100メートルからきれいな水を汲み上げている。
 その費用150万円は全てゾマホン個人が負担した。

ゾマホン
 「(私は)日本で苦しい苦しい 生活して 少し金が入ったらね 貯金貯金貯金貯金だから我慢して 結婚しなかった!
今まで!なでかと言うと 国のために!私の田舎はまだまだ貧しいですので簡単に結婚したらね 私の収入は全部 奥さんの化粧品の方にいくかもしれませんので いや 我慢します!
我慢してきた!とにかく今度金があればね 学校造ります
ここに 井戸 学校 それから病院ね医療
いつもいつも『ここは貧しいから(援助を)お願いします』
それは気持ち悪いです
プライド持たないといけないです
だからアフリカ人も アジアの人々もね ベトナム人もラオス人もモンゴル人も 他の途上国も
必ずね自分達がね あのどうすればね
技術を学んで自分達の力に基づいて自分の国を発展させるか日本人のように!
(どうやって)国を発展させるかね そこまで考えないといけないです!
あなた方も日本の一般市民としてね 日本国民のために何かね したら良い事したら
絶対自分が幸せになるわけ
!』(あいのり公式ページより抜粋)

自分の手でやるんだって言う言葉が重みがあった。

このところ、他力本願の話や世の中の流れが目立つだけに、
小さい頃からよく言われた『自分のことは自分でやる』って言う基本に戻らなきゃなって気がした時間だった

まだまだ余震が続いてます。
昨晩も、(◎_◎;) ドキッ!!っとするような程度の地震が数回ありました。

出張中の旦那の話によると、山形はさほど大きくはなく、
それこそ、あ★地震だ・・・くらいだったそうで。

私が地震を感じたあたりも震度5~6だったそうなのですが・・・
会社の営業所がある宮城野区は更に大きかったのかなぁ~

Image018.jpg


こんなにひっくり返ったそうです(所長撮影:片付けのお手伝いしなくてごめんなさい)

そういえば、ここ数日前から金曜日の朝、地震雲が出ていたとか・・・
地震雲かわからないけど、流れずに同じ場所に変な形の雲が出てたっていう人もいました。

昨日はJRはほとんど運休状態。今日も乱れてるのかな?


そうそう、息子は模擬試験開始直後だったらしいです。

3日前くらいに、震度5を想定しての避難訓練をしたらしいのですが、
この模擬試験の最中、地震が起こったけど何らかの指示がでることもなく、
各自頭を下げて、うわーうわー!とか、怖い!って口々に言いながら、
避難した方が良くないか?いや、少し待て、今放送があるだろとか、
試験中だから勝手に動けないだろとか、ドアだけは開けておけ!など相談が始まり、
どのタイミングで避難するか話しているうちに地震が少し収まり、
そこに先生が来て
「地震が収まってきたから、落ち着いたら試験続けろ」
と言ってすぐいなくなったんだよ、避難訓練よりもでかい地震だったのにだよ!
って怒りまくってました。

あのまま更に大きくなってたらどうすんだよ、みんなとりあえず自主的に避難訓練どおり
やるしかないなと申し合わせはしたけどな。
だったら、訓練のときに
「放送を待て」とか「放送を良く聞け」って言うな!だそうで・・・

確かにね~お怒りごもっとも
パニックを防ぐには、指示が必要だけど、訓練が生かされないんじゃなぁ
休日で先生も少ないんだろうし、担当の先生が居ないからとか?

ホントにもっと大きくなって続いていたら、避難が間に合うんだろうか( ̄へ ̄|||) ウーム


まぁ、息子にしてみれば、怒りもあるけど
「今回の試験は、悪くても仕方が無いな、動揺して試験問題に集中できなかったし」
と言うのが一番の言いたいことらしく。。。

こういう会話も、身近な人たちが皆無事だったからで、
被害にあった方や関係者の方々の気持ちは計り知れないものだと思います。

営業所の片付けにすら行かなかった(連絡が来た頃、交通機関麻痺で、模擬試験帰りの息子を迎えに行ってたんでスンマセン)
アタシですが、自分にもできるお手伝いがあればしたいと思います。

そういえば、地震予告出すとか出さないとかの話題が以前あったと思いますが、
あれって、今回どこかで行われてたんですかねぇ~

ビックリしたよ~ 私は模擬試験受けに行った子供を会場に送り届けたあとで、
4号バイパスを車で走っていたんですが、急にハンドルが取られるような感じから始まりました

ハンドル固定しても蛇行運転しているかのように感じて、わけがわからなくて。。。
風が強かったので、横風の突風にあおられたんだろうか?????

それにしては、ずっと続くんですよ

後ろや脇の車、対向車を見ても平然と運転してる。。。

「こりゃー車が壊れたんか?」

道路わきの店舗の駐車場に入って停めてみたんですが、まだグラグラしてる。

店舗のたて看板見てみたら、大きく揺らいでる・・・・・・地震?

で、またキョロ^(・д・。)(。・д・)^キョロ
車は普通に走ってるし、人も歩道を普通に歩いてる。。。
店舗の事務所から人が出てきたけど、普通にゴミ持ってゴミ捨て場に行った・・・・

風が強いだけ?????

私、疲れてるのかな?

グラグラしなくなってきた・・・運転しない方がいいのかな?

でも、念のため携帯で緊急発生時のサイトを確認してみる。。。けど、何も載ってない。。。

やっぱり、私がおかしいのかぁ~???
半信半疑で、また、車を動かして移動。

店の駐車場について、また携帯を見てみる。
『宮城県・岩手県で震度6』

やっぱり!!やっぱり地震だったんだよ~それもでかい!
で、店に入る。

でも、店もみんなも普通・・・

簡単に買い物済ませてまたへ。
またサイトを確認。

『茨城県で地震 震度3』

あれ???宮城県のは?  探しても出てこない・・・ 夢見た?

やっぱり疲れてるんだ。頭の中の血管1本くらい切れちゃったのかも。
それで平衡感覚がおかしいのかも・・・・・・ほら、またグラグラしてる感じだもん。

ピロピロピロ・・・ メール

『大丈夫でした?』って、転勤で遠くにいっちゃったアリッサムさんから

一瞬( ̄。 ̄)ボ~~~~ッ 
で、(゜0゜)ハッ やっぱり地震なんじゃないか!

なんなの、この、どこに行っても何も無かったかのような冷静な人たちは。

かなり大きかったということは、だよ
っていうんで、常駐先の責任者の方に電話がすでにつながりにくいので
メールで連絡して機器等の状態の確認
常駐の要員たちの安否も確認

確認しながら、アリッサムさんに無事とありがとうメール。

ホントにありがとうだよ~ 
自分がおかしいんじゃないってわかってC=(^◇^ ; ホッ!

会社の営業所は悲惨な状態らしいですが、常駐先の建物・機器・人、どれも無事。
各主要部署へ報告メール。

自宅に戻ったら、買い置きしていたドレッシングのビンが1個落ちていただけでした。

死者も出たそうで、ホントに大きかったんですね~

車に乗っていて地震にあったことは数回ありますが、あんなのは初めてでした。


昨日の朝、地震雲見てた人がいたようですね。
自然の不思議力ってすごいなぁ~




青森から仙台に来て、早くももう2年 251

すっかり青森に遊びに行く時間もなくなってきて、青森から離れちゃった?なーんて言うことは無く、
毎日のように、仙台の天気と一緒に、我が家では青森の天気が話題になるんっすよ。

このところ、自分のブログも更新してなくて、お友達のサイトも歩く余裕も無くていましたが、
久々に、お友達のブログやサイトをお散歩してきました30

その中で、写真もたくさんあったから、涙が出るくらい懐かしくて愛おしいサイト

鋼鉄の集い

あの頃の懐かしい仲間と、新しい仲間たちが、音楽を体いっぱいで楽しんでます269

自分たちで自分たちのライブを、手作りでたくさんの人に楽しんでもらいたい。
バンドをやっている人、これから楽器を持ちたい人、聞くのが好きな人、
そんな人たちが、年齢や性別を超えて一緒に楽しんで、青森に音楽を広めたい・・・

そんな想いをたくさん詰め込んで、2003年11月から始まったライブイベント。

そのお手伝いを私もさせていただいて、ライブにも出させていただいて、
とっても多くの人にお会いできて、それまでも好きだった音楽を、
もっともっと好きになって。

鋼鉄の集いを、BASSを、バンドを、そして、自然に広がっていった輪を大事にしたいから、
どんなに仕事が忙しくても、家庭のことがあっても、
それはそれできっちりがんばって、「どっちが大事なんだ!」なんていわれないように
一生懸命に、こなしてたよなぁ。

それを見ていて、職場の師匠も、家族もしっかり支えてくれていた毎日だった16


私も、家族も、それぞれに今までの中で、一生懸命で大変だったけど、
いっぱい楽しみながら過ごしてきた日々があるから、青森が大事なんだな、きっと。


また、音楽がやりたい。
ステージに立たなくても、音楽がやりたいな。
全然弾けなくなっちゃってるんだろうけれど、また、一からやり直してでもやりたいな266

そして、今もなお、あの頃の想いがいろんな形をたどりながら、
でも、それぞれの心の中に何か大切なことのかけらを残しながら続いている、
鋼鉄の集い』や、
その想いをさらに広げるように行われている 『けんどでデゲデゲ音楽祭
鋼鉄の集いよりももっと前から開催されている『合子沢ソウルフルデイ』(今年もあるかな?)
に集う面々と会いに、音を聴きに行きたいなぁ~~~

いーっぱい休みをくれぇぇぇ!!

リフレッシュしたい!



前にも書いたことがある、NHKの番組「プロフェッショナル」

様々な業種の、様々な人たち

前に、やっぱりNHKでやっていた番組で、「プロジェクトX」も好きな番組だったけど、
いつも思っていたのは、今の世の中の、「成功」や「偉業」に導いた人は
果たして男ばかりだったんだろうか?
男性が主となって構成されていた番組だった。

たまに、女性が出たときもあった。

でも、本当に、今の科学も生活も技術も、男性がつくりあげてきたものばかりなのかな?
って、思っていた。

今度の「プロフェショナル」は、たくさんの女性も出てくる。

女性がずっと働き続けることは、考えているよりもずっと大変。
男尊女卑は表面には無いし、セクハラという言葉も周知されて我慢も減った。
それでもやはり、女性が働くのは、同じ若い女性や男性が考えているよりも、
はるかに大変なことが多い。

結婚していなくて子供も無ければ、女性として一人前のように扱わない人が相変わらずいるし、
結婚で女性がこの上ない幸せを得ると信じている人もまだまだいる。

結婚して無ければ「結婚したとき」、結婚していれば「子供ができたとき」、辞めるんじゃないの?
という目で見られて、職場での違和感を感じたり、就職できなかったり、
子供ができれば、子供の体調や保育所、学校のことで休みが増え、迷惑をかけたと気に病む。

子供が一段落すれば、お局だのおばさんだのとキャリアや仕事振りよりも、
まず、年齢が問題になる。

周りだけじゃない、家族だってそうで、多くは旦那の家の
「家のことをおろそかにしないでね」とやんわりと言われるにしても、
個人の社会的な能力より、主婦として家を守って欲しいと願う。

だんなも、働くことを咎めなくても、自分が忙しくなったりイラつけば、
家にいて、自分を中心に回ってくれない生活に苦情を述べ始める。

だれもが、心のゆとりを持ってほのぼのと暮らしているうちは、女性が働くことは、
キャリアウーマンだったり、仕事ができる颯爽とした女性を称えることもあるけど、
実際はまだまだ、女性が働き続けることは難しい。

たやすければ、日経ウーマンなどの雑誌で『女性が働きやすい職場』や
『女性が出世できる職場』なんていう特集はあるはずが無いわけで。。。

今よりももっともっと、風当たりの強かった時代に、どれだけの女性が、
表に立たずとも、今の時代に生きる何かを生み出し、広めていたのだろう?って思うときがある。

運よくなのか悪くなのかわからないけれど、私はずっと働いてきて、
周りの人たちに支えられて技術を身につけて、まだ、今すこしは貢献できそうな状態。

でも、それに甘えていたら、きっと明日へつながる糸は切れてしまうんだろうなと思う。

そんなことを、時々考えながら「プロフェッショナル」を男性のも女性のも見ているんだけれど、
今日の再放送の中から

【熱い心と冷たい頭を持て】

熱い心はあるけれど、頭が時々熱くなっちゃう私。
冷たい頭を持って、自分だけじゃなく、これからの女性のために、
明日へつなげていかなくちゃいけないんだなって思った。。。


6月になっちゃいました★
九州は梅雨入り。仙台は今日は晴れたけど、先週も明日も雨や曇りでどんより~
寒くてストーブ欲しくなってしまいます。

さっき、サッカーの中田英寿さんのコメントをテレビでやってました。
プロサッカーから引退して世界中を旅してきて思ったこと。
サッカーから離れてみたくて、サッカーが無い状況の自分を見たくて、
一人旅したけれど、どこの世界に行っても、そこには、サッカーがいつもあって、
サッカーをしていたころの自分を良く知る人もいて、
サッカーを通じてコミュニケーションをとることができて、自分は
『サッカーという手のひらの上にいただけだったんだ』
と気がついた。

子供に、小さいときからよく言って聞かせていることのひとつに、
『知っていて敢えて使わないのと、知らなくて使えないのとはまるっきり違う』
ということがあります。

知っているというのは、自分の耳で目で見て確かめて体験することをさしています。

講釈や薀蓄は、本を読んだり、聞いたりすることでもできます。
でも、それは他人の経験でしかない。
自分がその経験をすることで、初めて確かなものとなり、
生かすことも敢えて殺しておくこともできる。

体験をして確かなものを持つ人は、
それが若くても、年をとっていても、重みがあるものだと感じます。

中田英寿さんは、前向きに自分を見ているんでしょうね~
長い時間をかけて、言葉も通じないところもっ含めて世界の各地を歩いて、
あの言葉が出てきたんだろうなぁ。

文字にすると、簡単でわかりやすい言葉ですが、
自分で納得のいくところまで自分の技術を高めていき、
自分で区切りをつけ、また、自分の足で歩いたからこそ、
何の躊躇も飾りも無く言えた言葉なのでしょうね。

また、そのサッカーの手のひらの上で、どんな風に彼は生きていくのか
ちょっと楽しみです(^・^)

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